平和主義者ほど職場いじめに気づきにくいのかもしれない

私は職場いじめに気づいていませんでした。

正確には、気づきたくなかったのかもしれません。

今振り返ると、違和感はいくつもありました。

でもそのたびに、自分に原因があると思っていました。

そんな私が感じたことを書いてみようと思います。

目次

「私だけ知らないの?」

班長を2人でしていた頃のことです。

ある日、仕事の変更事項を他の人から聞きました。

その内容は、本来なら班長である私も知っていなければならないことでした。

工場長はもう一人の班長には伝えていました。

でも、私には伝わっていませんでした。

その瞬間、頭に浮かんだのは、

「私だけ知らないの?」

という言葉でした。

ショックでした。

もともとその人のことは苦手でした。

その頃は私への当たりも強くなっていて、イライラしていたからわざとかもしれないとも思いました。

でも私は、その時も「職場いじめだ」とは考えませんでした。

自分に原因があると思っていた

私はずっと自分に原因を探していました。

更年期の影響で迷惑をかけているのかもしれない。

班長として頼りなく見えているのかもしれない。

私のやり方が悪いのかもしれない。

相手も何かストレスを抱えているのかもしれない。

そんなふうに考えていました。

今思えば、相手の態度よりも、自分を責めることに必死だったのだと思います。

だから、「嫌われている」とは思っても、「いじめられている」とは思いませんでした。

誰にも相談できなかった

苦しくなかったわけではありません。

本当は苦しかったです。

怖かったです。

相手の態度の一つひとつが怖くなっていました。

それでも誰にも相談しませんでした。

弱いと思われたくなかったからです。

班長なのに弱音を吐くのは情けない気がしました。

自分で何とかしなければいけないと思っていました。

だから一人で抱え込みました。

班長を辞めれば解決すると思っていた

数日後、私は工場長に班長を辞めたいと伝えました。

その時の私は、

「班長を辞めれば解決する」

と思っていました。

職場そのものではなく、班長という立場が問題なのだと思っていたのです。

だから環境を変えれば大丈夫だと考えていました。

でも、本当の問題はもっと別のところにありました。

周囲が普通だったから

当時、周囲の人は普通に接してくれていました。

誰も何も言いませんでした。

だから私は、

「やっぱり私の考えすぎなのかな」

と思っていました。

もし本当におかしい状況なら、誰かが何か言うはず。

そう思っていました。

でも現実は違いました。

周囲が何も言わないからといって、問題がないとは限りません。

私はそのことに気づいていませんでした。

退職してから気づいたこと

退職後、元同僚と話す機会がありました。

その時に初めて、

「あれは私の勘違いではなかったのかもしれない」

と思いました。

職場にいる時は、とにかく目の前のことで精一杯でした。

毎日を乗り切ることだけで頭がいっぱいでした。

だから客観的に見ることができませんでした。

職場を離れて初めて見えたことがたくさんありました。

平和主義者ほど気づきにくいのかもしれない

私は人を悪く思うのが苦手です。

できれば仲良くしたい。

波風を立てたくない。

相手にも事情があるのだろうと思いたい。

そんな性格です。

だからこそ、自分が傷ついていても、

「私が悪いのかもしれない」

と考えてしまいました。

平和主義者ほど職場いじめに気づきにくい。

そう言い切れるかは分かりません。

でも少なくとも私は、

人を疑うより先に、自分を責めていました。

その結果、気づくのが遅れました。

あの頃の自分に伝えたいこと

今の私が、あの頃の自分に一言だけ伝えられるなら、

「もっと早く誰かに話して」

そう言います。

一人で抱え込まなくてよかった。

自分だけで答えを出そうとしなくてよかった。

話したからといって、すぐに解決したとは限らないかもしれません。

それでも、一人で耐え続ける必要はありませんでした。

もし今、同じように

「自分が悪いのかな」

と思い続けている人がいるなら、

少しだけ立ち止まって考えてみてください。

本当に悪いのは、自分だけなのでしょうか。

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