※この記事は「質問が怖くなった理由 ― 3人の工場長の話」シリーズの第3話です。
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3人目の工場長に感じた、最初の安堵
3人目の工場長が来たとき、
私は正直ほっとしました。
前の2人とは違い、
怒鳴ることもなければ、
不機嫌で圧をかけることもない。
強い叱責もない。
「これで普通に働けるかもしれない」
やっと落ち着いた空気の中で
仕事ができるかもしれない。
そう思いました。
問題は、なくなっていなかった
でも、問題は消えていませんでした。
あの職場には、例のいじめをする人がいました。
強い口調で人を責める。
空気を支配する。
気に入らない人には露骨に態度を変える。
その矛先が、
この3人目の工場長のとき、
私に向くようになりました。
私がいじめに遭った時期
この工場長のもとで、
私は例のいじめに遭いました。
仕事のやり方を強く否定される。
人前で責められる。
必要な情報を共有してもらえない。
小さなことの積み重ねでした。
でも、それは確実に
「孤立」を作っていきました。
私は班長でした。
本来なら、現場をまとめる立場。
でも、足元を揺らされるような感覚がありました。
止めなかったという事実
3人目の工場長は、怒鳴りませんでした。
でも、止めもしませんでした。
見えていなかったわけではないと思います。
空気は明らかにおかしかった。
でも、何も変わらなかった。
止められなかったのかもしれません。
権力がなかったのかもしれません。
けれど、働く側にとっては
「理由」より「結果」です。
私は守られませんでした。
班長なのに、後ろに誰もいない
私は間に立つ立場でした。
現場と上司の間。
衝突があれば調整する役目。
でも、いじめが起きたとき、
後ろに誰もいない感覚がありました。
相談しても、大きく動くことはない。
「まあ、うまくやって」
そんな空気でした。
守られている安心感がないまま、
責任だけがある。
それは、想像以上に重たいものでした。
守られないことの消耗
直接怒鳴られるわけではない。
強い言葉で叱責されるわけでもない。
それでも、守られないことは苦しい。
何もしてくれないことは、
見えない圧になります。
「ここで何かあっても、自分で何とかするしかない」
そう思いながら働く毎日は、
じわじわと心を削っていきました。
「ここでは続けられない」と思った
大きな爆発があったわけではありません。
ある日突然、限界が来たわけでもありません。
ただ、少しずつ疲れていきました。
怒鳴られなくても、
不機嫌をぶつけられなくても、
守られない環境では安心できない。
気づいたときには、
「ここでは続けられない」
そう思っていました。
そして最終的に、
退職という選択をしました。
ハラスメントは“する人”だけの問題ではない
今振り返ると分かります。
ハラスメントは、
する人だけの問題ではありません。
止めないことも、
環境を作ってしまう。
見て見ぬふりをすることも、
結果として加担になることがある。
私はあの職場で、
3種類の形で削られていきました。
- 怒鳴る人
- 不機嫌で支配する人
- 止めない人
どれも形は違いました。
でも、心に残った傷の重さは同じでした。
残ったのは「質問が怖い私」
あの職場を離れたあと、
私の中に残ったものがあります。
それは、
「質問が怖い」という感覚。
怒鳴られた記憶。
不機嫌を向けられた記憶。
守られなかった記憶。
それらが積み重なって、
今の私の反応を作っています。
でも今は、はっきり言えます。
あの環境は、異常でした。
私は弱かったのではない。
守られない場所で、
必死に立っていただけでした。
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